「スーツァンレストラン陳」で愛媛フェア開催中
愛媛県推奨の養殖魚「媛スマ」
とろける脂が四川料理の辛味や塩味と調和する

愛媛フェアのひと品「愛媛県産媛スマの唐辛子スープ仕立て」。こんもり盛られた唐辛子の下には、「媛スマ」と野菜やキノコの濃厚なスープが隠れている。

漁獲量が極めて少ないことから、幻の魚とされる天然のスマ。愛媛県では、スマのおいしさをできるだけ多くの人に届けたいとの思いから、2013年より愛媛大学と共同で、スマの養殖の研究に着手。3年後には養殖魚「媛スマ」を誕生させました。抜群の脂のりが特徴の「媛スマ」は、生食ではマグロのトロのような風味が堪能できると注目され、和食だけでなく、フランス料理のシェフなどにも愛用されています。そこで今回のフェアには、中国料理の名店「スーツァンレストラン 陳」渋谷店も参加。実力派の井上和豊料理長が、中華ならではのテクニックで「媛スマ」のおいしさを引き出します。

脂と油を合わせることで
四川料理の辛味や塩味がよりコク深くなる

スマの養殖魚「媛スマ」は、全身がマグロのトロのような脂ののりで、背は中トロ、腹は大トロとも評されます。和食店では、そのまま刺身や鮨などで提供されることが多いのですが、「スーツァンレストラン 陳」の井上和豊料理長は、中華の技を駆使して、それとは違った「媛スマ」の美味なる調理法を紹介してくれました。

天然のスマは、「幻の高級魚」と呼ばれ、めったに市場に出回ることがないとされる。愛媛県ではそんなスマの養殖に成功し、「媛スマ」と名付けた。「媛スマ」は、ふ化して半年から1年で2キロほどに成長する。スマはマグロの近縁種で、「媛スマ」は通年きめ細かな脂がのり、全身トロと言われるほどの身質。和食はもちろん、中国料理、イタリア料理、フランス料理など、あらゆる分野での活用が期待されている。

「愛媛県といえば、“柑橘王国”というイメージで、『媛プチ柑』や『紅まどんな』、『紅まどか』など、うちのレストランでもさまざまな柑橘を使ってきたのですが、『媛スマ』のような魚があることは、初めて知りました。
最初は生で食べてみて、その脂ののりにびっくり。もちろん、刺身で食べるのもいいと思いますが、せっかくうちのレストランでフェアをするのですから、お客さまには中華独特のアプローチで楽しんでいただきたいと思いました」
そこで、今回、井上料理長が提案したのが、「愛媛県産媛スマと香味野菜の辛味醤油和え」と「愛媛県産媛スマの唐辛子スープ仕立て」の2品。
「愛媛県産媛スマと香味野菜の辛味醤油和え」は、「媛スマ」をユッケのように調理し、「愛媛県産媛スマの唐辛子スープ仕立て」のほうは、「媛スマ」や野菜にたっぷりの唐辛子を合わせて、アヒージョ感覚でスープに仕上げています。

「愛媛県産媛スマの唐辛子スープ仕立て」には、多めの唐辛子を使用。しっかり脂ののった「媛スマ」だから辛味との相性もいい。

「どちらの料理も、”脂には油を”ということで、魚の脂にピーナッツオイルやゴマ油を合わせています。中国料理ではよく使う手法のひとつです。
こうすることで、四川料理独特の辛味や塩味がマイルドになって、一層コク深く感じていただけることでしょう」

マグロの中トロのような背の部分と
大トロのような腹の部分の使い分けテクニック

「辛味醤油和えには、『媛スマ』の背の部分を使いました。『媛スマ』をさばいたら、短めの細切りにして、おろしニンニクやショウガ、刻んだドライトマト、発酵唐辛子、合わせダレを入れます。この上から熱したピーナッツオイルをかけて和え、青山椒を加えれば完成です」
合わせダレに日本と中国の醤油を混ぜているので、「媛スマ」にも醤油の色が移り、見た目には“強い塩味”という印象ですが、実際に口に含むとほどよい塩味で、これに「媛スマ」の脂と唐辛子の辛味が調和して食欲を増進させます。
まさに前菜にピッタリのひと皿。
「いろいろ試してみて、『媛スマ』の脂には、塩味や辛味が合うと納得しました。脂がのっている魚といっても合う味付けはさまざまで、なかには甘味が合う場合もありますが、『媛スマ』の場合、甘味はしっくりこないように僕は感じました」
塩味と辛味をきかせたうえで、さらに魚の脂に油を合わせる。こうすることで全体がマイルドな味わいになって、さらに深みが出るんですね」

「愛媛県産媛スマと香味野菜の辛味醤油和え」は、ボールに「媛スマ」、ニンニク、ショウガ、ドライトマト、発酵唐辛子、自家製の合わせダレなどを入れ、熱々のピーナッツオイルをかける。自家製の合わせダレの中身は、中国醤油と日本の醤油、オイスターソース、チキンスープ、酒、砂糖、魚醤、ゴマ油など。

井上料理長は、もうひと品の「愛媛県産媛スマの唐辛子スープ仕立て」についても、同じ考え方で「媛スマ」のおいしさを引き出しています。
「こちらのほうはスープ仕立てなので、『媛スマ』については背の部分より脂の強い腹の部分を使っています。身は厚めに切って、野菜やキノコ、唐辛子と合わせます。スープに唐辛子を入れるだけでなく、仕上げにも辛味を含ませた油をかけるという、辛味を強調した調理法で仕上げます。
こうすることで『媛スマ』と一緒に野菜やキノコの旨味を楽しんでいただけます。また、スープの表面に辛味油でフタをすることで、最後まであたたかい状態で味わっていただけるので、体が冷えやすい季節にふさわしいお料理かと思います」

「愛媛県産媛スマの唐辛子スープ仕立て」で、仕上げにかける油を作っておく。花椒(ホアジャオ)と乾燥唐辛子を油に入れて熱し、香りと辛味を油に移す。

「愛媛県産媛スマの唐辛子スープ仕立て」の調理過程。
① 野菜やキノコ類(キュウリ、モヤシ、エノキ、キクラゲなど)を茹でる。
② ①の野菜やキノコを引き上げた湯の中に厚切りにした「媛スマ」を入れる。湯引きする感覚で引き上げる。
③ ②の湯の中に、酒、塩、チキンパウダーなどを入れてスープを作る。①の野菜やキノコ、②の「媛スマ」の順で器に盛ったら、このスープを注ぐ。
④ ③の上に、茹でておいた朝天辣椒(チョウテンラージャオ)と赤唐辛子 (茹でておかないと熱した油をかけた時にこげてしまうので、必ず茹でること)をのせて、上から、花椒と乾燥唐辛子で作っておいた辛味油を熱々にしてかける。

「媛スマ」の誕生によって、希少な魚が味わえるようにはなりましたが、その数は、まだそれほど多くはないそうです。
貴重な魚を中国料理ならではの調理法で味わう——新たな食材を求めている料理人にとっても、また美味なる世界を求めるグルメにとっても、今回のフェアは体験すべきフェアのひとつといえそうです。

井上和豊さん

1981年、秋田県生まれ。2001年、四川飯店に入社し、2017年には「szechwan restaurant 陳」渋谷店の料理長に就任。「青年調理士第4回デザート部門」で銅賞を受賞、「RED U-35」でグランプリ「レッドエッグ」を受賞するなど、数々のコンクールで実力を発揮。2023年には「東京都優良調理師」に選ばれる。

szechwan restaurant 陳
東京都渋谷区桜丘町26-1
セルリアンタワー東急ホテル 2F
TEL 03-3463-4001
11:30~15:00(14:00LO)
17:30~22:00(21:00LO)
水休

取材・文/上村久留美 撮影/依田佳子